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特定商取引法(特商法)は、消費者トラブルを防止し消費者保護を図るため、悪質な取引手法に対して様々な規制を設けています。本記事では、その中でも「継続的役務提供契約」(特定継続的役務提供)に焦点を当て、事業者が遵守すべきポイントと消費者保護の制度についてわかりやすく解説します。エステサロンや語学教室など長期のサービス契約を扱う事業者の方や、契約を検討している消費者の方はぜひ参考にしてください。
このページの目次
継続的役務提供契約の定義と対象
継続的役務提供契約とは、一定期間にわたり継続してサービス(役務)の提供を受け、その対価として高額な料金を支払う契約形態を指します。
特商法ではこのうち、消費者の「美しくなりたい」「技能を向上させたい」等の目的につけ込みやすいが、その目的達成が確実ではないサービス分野について「特定継続的役務提供」として指定し、特別な規制を設けています。
具体的には以下の7種類のサービスが対象です。
エステティック(エステサロン) – 美容の施術を行うサービス
美容医療 – 美容を目的とした医療行為(美容整形や美容皮膚科など)
語学教室 – 語学の教授サービス
家庭教師 – 生徒の自宅等で行う学力指導サービス
学習塾 – 塾など施設内で行う学力指導サービス
パソコン教室 – パソコンやワープロ操作の指導サービス
結婚相手紹介サービス – 結婚相手のマッチング紹介サービス
上記のサービスであっても、すべてが特商法の規制対象になるわけではありません。
契約期間や金額が一定の基準を超える場合に「特定継続的役務提供契約」となります。
例えばエステや美容医療であれば契約期間が1か月を超え、語学教室や学習塾等であれば契約期間が2か月を超えることが条件です。
また共通して契約金額の総額(入会金・受講料・教材費など関連費用を合計した金額)が5万円を超える場合に規制対象となります。
つまり「長期かつ高額」のサービス契約が該当するイメージです。
一方、1回ごとで完結するサービス(例:理髪や1回限りのマッサージ等)は継続サービスではないため除外されます。
対象サービスと適用基準のまとめ:契約期間と契約金額が以下の条件を超えるものが特商法の規制対象です。契約期間が短期(1ヶ月以内/2ヶ月以内)だったり金額が少額(5万円以下)であれば除外されます。
サービス種類 契約期間の条件 契約金額の条件
エステティック(美容施術) 1ヶ月を超える 総額5万円を超える
美容医療(美容目的の医療行為) 1ヶ月を超える 総額5万円を超える
語学教室 2ヶ月を超える 総額5万円を超える
家庭教師 2ヶ月を超える 総額5万円を超える
学習塾 2ヶ月を超える 総額5万円を超える
パソコン教室 2ヶ月を超える 総額5万円を超える
結婚相手紹介サービス 2ヶ月を超える 総額5万円を超える
※上記サービスでも、小学校受験対策の家庭教師や浪人生専用の塾コースなど、一部適用外となる細かい条件がありますが、基本的な指定役務はこの7種です。
規制の目的と背景
これら特定継続的役務提供契約が規制される背景には、消費者トラブルの多発があります。エステや語学教室などでは「必ず痩せられる」「絶対に英語が話せるようになる」といった宣伝文句で高額な長期契約を結ばせ、結果が出なくても中途解約させないといった悪質な事例がかつて問題になりました。実際、サービスの効果・結果はやってみないと分からず不確実です。
そこで特商法では、事業者に対して契約内容の明示やクーリングオフの周知を義務付ける一方、消費者に契約解除の権利(クーリング・オフや中途解約)を保障することで、長期契約による被害を未然に防ぐ目的があります。
要するに「契約前にきちんと情報を開示させ、契約後でも一定期間は無条件解約を認め、それ以降でも高額な違約金で縛られないようにする」ことで、公正な取引と消費者保護を図っているのです。
以下では、特定継続的役務提供契約に関して事業者が守るべき具体的なルール(情報提供義務や書面交付義務)と、消費者に認められた保護制度(クーリング・オフや中途解約権)を順に説明します。
広告・勧誘における表示義務と禁止行為
事業者は、広告や勧誘の段階で消費者を誤認させるような表示・説明をしてはいけません。**特商法第43条では、いわゆる誇大広告の禁止として「著しく事実と相違する表示」や「実際よりも著しく優良・有利と誤認させる表示」を禁止しています。例えば、「絶対○○kg減保証!」など効果を断言する広告や、根拠なく「○○大臣認定」「東京都公認」等の権威付けをうたう広告は違法となる可能性が高いでしょう。効果や資格について事実と異なる宣伝を行えば、消費者がそれを信じて契約してしまう恐れがあるため、法律で厳しく制限されているのです。 また、第44条では契約の勧誘時の不当な行為(禁止行為)が定められています。
主な禁止行為は以下のとおりです。
不実告知の禁止:契約の勧誘や契約解除の妨害の際に、事実と違うことを告げる行為(例:「このコースは効果が出るまで解約できません」などと嘘を言う)。
事実不告知の禁止:勧誘時に故意に重要な事実を告げない行為
(例:クーリングオフ可能なことをあえて説明しない)。
威迫・困惑行為の禁止:契約をさせるため、または解約を妨げるために消費者を威圧したり困らせたりする行為
(例:大声で怒鳴り契約させる、解約したいと言う消費者を取り囲んで脅す)。
このような不適切な勧誘行為は禁止されており、万一行えば行政処分や罰則の対象となります(後述)。
契約書面の交付義務と記載内容
事業者は、契約を締結する際に法定の書面(契約書面)を消費者に交付する義務があります(特商法第42条)。この契約書面には契約内容や消費者保護制度について、以下のような重要事項を漏れなく記載しなければなりません。
事業者の情報:社名(名称)、住所、電話番号、代表者名
役務(サービス)の内容:提供するサービスの具体的内容
役務の提供期間:サービスを受ける契約期間
役務の対価:支払う総額料金とその内訳
代金の支払時期・方法:いつどのように支払うか(例:一括/分割など)
関連商品がある場合:購入が必要な商品があればその内容・数量
クーリング・オフに関する事項:後述する無条件解約権についての説明
中途解約に関する事項:後述する途中解約の条件や違約金に関する説明
割賦販売法に基づく抗弁権:クレジット払いの場合の抗弁権(支払い停止権)の告知
前受金の保全状況:先払い金の保全措置に関する事項
特約がある場合:中途解約や返金について消費者に不利な特約(別段の定め)があればその内容
契約書面は、契約後に消費者へ遅滞なく交付することが必要です。書面交付は紙だけでなく、消費者が希望すれば電子メール等の電磁的記録による提供も可能ですが、いずれにせよ上記の事項が網羅されていなければなりません。 さらに、単に記載すれば良いというものではなく、書面の表示方法にもルールがあります。特商法施行規則で定められた様式に従い、重要な注意事項は赤枠・赤字で明示することとされています。例えば「契約書面は必ずお読みください」「クーリング・オフできます」等の文言を赤枠内に赤字で記載する決まりです。文字の大きさも8ポイント以上と定められており、細かすぎて読めないといったことがないよう配慮されています。
特商法第45条では、前払い方式で5万円を超える契約を行う事業者に対し、財務内容を記載した書類(貸借対照表や損益計算書など)を備え置き、消費者から請求があれば閲覧させる義務も定められています。高額の前払いを受け取っておきながら倒産されては困るため、経営状況を開示させることで消費者がリスクを判断できるようにする趣旨です。
クーリング・オフ制度(契約後8日以内の無条件解約)
クーリング・オフとは、契約後でも一定期間内であれば消費者が無条件で契約解除できる制度です。特定継続的役務提供契約の場合、契約書面を受け取った日を含めて8日以内であれば、消費者は理由を問わず一方的に契約を解除できます(特商法第48条)。解除の方法は、ハガキや書面を事業者に送るか、事業者が対応していれば電子メール等の電磁的記録でも構いません。発信さえ8日目までに行えば有効です。 クーリング・オフが行使されると、契約は初めからなかったことになります。商品やサービスを受け取っていても、代金を支払う義務はなく、既に支払ったお金があれば全額返金されます。受け取った商品の引取り費用も事業者負担で行われ、消費者は違約金や手数料等も一切支払う必要がありません。
例えばエステ契約で既に1回施術を受けてしまっていても、クーリング・オフ期間内であればその1回分の料金も含めて払わなくてよいということです。例外として、健康食品や化粧品など「使用すると価値が著しく減少する消耗品」を消費者が使ってしまった場合は、その消耗品部分のみクーリング・オフの対象外(返品不可)となります。
クーリング・オフの通知方法と注意点
書面で行う場合はハガキに「契約をクーリングオフします」といった旨を書き、特定記録郵便や簡易書留など配達記録が残る方法で送りましょう。電子メール等の場合も、送信履歴や送信画面のスクリーンショットを保存して証拠を残すことが推奨されています。万一トラブルになったとき、自分が期間内に解除通知を出した証拠となるからです。
クーリング・オフ期間の延長規定
事業者がクーリング・オフについて嘘を伝えたり(不実告知)、威圧してクーリング・オフをさせないようにしたりした場合は、8日間を過ぎてもクーリング・オフが可能です。たとえば「初回割引したからクーリングオフできませんよ」などと事実と異なることを言われて期間内に解除しなかったような場合には、後からでも契約解除を主張できます。また、事業者が交付すべき契約書面に上記の重要事項が欠けていた場合(記載不備の場合)も、正しい書面が改めて交付されてから起算して8日以内は解除可能とみなされます。悪質業者が意図的にクーリングオフの注意書きを省いたりすることがありますが、そのような逃げ道を許さないための規定です。
中途解約のルール(途中終了と違約金の上限)
クーリング・オフ期間を過ぎてしまった場合でも、特定継続的役務提供契約では期間途中での解約(中途解約)が法律上認められています(特商法第49条)。クーリング・オフが「無条件で契約自体をなかったことにできる制度」なのに対し、中途解約は「契約を将来に向かって解除する(残りの期間の契約をやめる)制度」です。そのため、既に受けたサービスの対価などは支払う必要がありますが、法律で定められた上限額を超える違約金・手数料を事業者が請求することは禁止されています。 契約開始前(サービス提供がまだ一度も行われていない段階)に解約する場合、事業者が請求できるのは事務手数料程度のごく一部のみです。契約書作成等に通常要する費用として、サービス種類ごとに政令で定められた上限額が以下のように決められています。
エステ・美容医療・家庭教師:2万円まで
語学教室・パソコン教室:1万5千円まで
学習塾:1万1千円まで
結婚紹介サービス:3万円まで
例えばエステのコースに申し込んだ後、1回も施術を受けずに解約するなら、事業者はせいぜい2万円までしか手数料を取れない計算です。仮にそれ以上の前受金を払っていた場合は、残額をすみやかに返金しなければなりません。 契約開始後(サービス提供を一部でも受けた後)の途中解約の場合は、提供済みのサービス料に加えて一定の違約金を支払う必要があります。ただしこの違約金も上限が決められており、「未提供部分の残額の一定割合」または「一定の金額」のいずれか低い方しか請求できません。
具体的な上限額はサービス種別ごとに次のように定められています。
サービス種類 中途解約時の違約金上限(提供開始後)
エステティック 未提供残額の10%または2万円のいずれか低い方
美容医療 未提供残額の20%または5万円のいずれか低い方
語学教室 未提供残額の20%または5万円のいずれか低い方
家庭教師 5万円または1ヶ月分の授業料相当額のいずれか低い方
学習塾 2万円または1ヶ月分の授業料相当額のいずれか低い方
パソコン教室 未提供残額の20%または5万円のいずれか低い方
結婚相手紹介 未提供残額の20%または2万円のいずれか低い方
例えば語学教室を半年分契約し2ヶ月受講後に解約するケースでは、残り4ヶ月分の受講料総額の20%か5万円のどちらか低い方が違約金の上限となります。エステの場合は残額の10%または2万円の低い方と決められており、仮に高額なコースでも法定の上限以上は請求できません。これらの制限により、消費者は長期契約途中でも過大な違約金を支払わされることなく、比較的自由に解約できるよう保護されています。
(参考)不実告知による契約取消: 事業者が勧誘時に事実と違う説明をしたり重要な事実を故意に告げなかったことで、消費者が誤認して契約してしまった場合、消費者は契約の申込みまたは承諾の意思表示自体を取り消すことも可能です(特商法第49条の2)。
例えば「この講座を受ければ必ずTOEICで高得点が取れる」と嘘を言われて契約したような場合、その嘘がなければ契約しなかったといえるなら、後になって契約を取り消すことができます。取り消しが認められれば契約は初めから無効となり、支払ったお金の返還も請求できます(消費者契約法など他の法律に基づく取消権とは別に、特商法上の救済として規定されています)。
違反した場合の行政処分・罰則
上記の規制に違反した事業者には、所管官庁(消費者庁や経済産業省、都道府県など)による行政処分が科されます。行政処分には段階があり、まず是正を求める業務改善指示(法46条)や、悪質な場合は最長6か月間の業務停止命令(法47条)が発出されることがあります。
さらに法人の代表者等に対する業務禁止命令(47条の2)といった措置も規定されています。行政処分に従わず違反を継続した場合や特に悪質な場合には、刑事罰の対象ともなり得ます。例えば業務停止命令に違反した場合、3年以下の懲役または300万円以下の罰金(もしくは併科)という重い罰則が科せられます(特商法第70条)。
違反行為としては、クーリングオフ妨害のために「ウソの説明をした」「解約させないよう脅した」などが挙げられます。実際に、消費者庁や各自治体は悪質業者に対し積極的に行政処分を行っており、消費者庁の公表資料によれば2015~2019年の間にもエステ事業者や語学教室事業者に対する業務停止命令が相次いでいます。こうした処分情報は消費者庁や各都道府県のサイトで公開されるため、事業者にとっては社会的信用の失墜にもつながります。
消費者トラブル事例の実例
最近の例では、脱毛エステサロンでのトラブルが報告されています。大阪のあるエステ事業者は「回数・期間無制限で施術が受けられる」というアフターサービス付きの契約をうたい多数の顧客を集めました。しかし2022年1月頃、利用者への事前の同意なく「アフターサービスをセルフ施術に変更する」と一方的に契約内容を改悪したとされます。さらに契約書には本来記載すべき中途解約のルールが書かれておらず、利用者に不利な内容となっていたことも問題視されました。
このケースでは適格消費者団体(消費者保護団体)が事業者を相手取り特商法違反を理由に大阪地裁へ提訴しています。事業者側は既に廃業しているとのことですが、契約上の約束を勝手に変更する行為や法定書面の不備は明らかに特商法違反であり、悪質なケースと言えます。この事案については2025年,大阪地方裁判所で,契約金の返金を命じる判決が言い渡されています(産経新聞脱毛エステのアフターサービス「セルフ」への変更は不当、サロン側の契約金返還義務認める)
事業者は法を遵守し、適切な勧誘・契約手続きを踏むことが求められます。また消費者側も、契約時に交付される書面をよく確認し、自分に与えられたクーリング・オフや中途解約の権利を正しく認識しておくことが大切です。長期にわたる高額なサービス契約を結ぶ際には、以上のポイントを踏まえて慎重に判断するようにしましょう。
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