【事例】
A社は介護施設事業を行っており複数の老人介護施設を運営・管理していました。
A社が運営・管理を行っている施設の1つであるB園において、この度誤嚥事故が発生し、利用者の1人であるCさんが亡くなってしまいました。
A社が原因を調査したところ、B園では、被害者であるCさんの嚥下能力に問題があることを把握しながら漫然とのどに詰まりやすいお餅を出していたこと及び食事の際に職員がCさんの様子をよく確認していなかったことが明らかになりました。
またA社では、誤嚥のおそれのある場合の対応についてマニュアルなどが整備されておらず職員個人の判断に任せられていたことも明らかになりました。
事故後Cさんのご遺族からは責任の所在を明らかにしてしかるべき賠償をするように求められています。
A社の代表は今後とるべき対応や手続きの流れをあいち刑事事件総合法律事務所に相談しました。
(事例はフィクションです)
このページの目次
誤嚥事故について
誤嚥事故とは事例で挙げたように、誤って喉に食べ物などを詰まらせてしまう事故のことをいいます。
特に嚥下能力が加齢に伴って低下する高齢者が誤嚥を起こすケースが多く、また年末年始には毎年全国で餅を積まれせて緊急搬送されるケースが多く報道されています。
参考 食品による窒息事故
誤嚥事故が発生した場合には民事事件、刑事事件の双方で問題になる可能性があります。
民事事件は主に事故によって生じた損害賠償の問題になります。
誤嚥事故で施設側の過失が認められるかどうかについては、法律的にも難しい点で裁判で争点になることも多いです。
誤嚥事故に関する裁判例については次回の記事で紹介します。
刑事事件としては業務上過失致死傷罪の成立が問題になるケースがあります。
介護中の誤嚥事故について施設側や対応した従業員不注意の程度が大きいケースや悪質なケースでは刑事事件の対象となることもあります。
刑事事件については業務上過失致死傷罪が成立するかが問題となります。
誤嚥事故と業務上過失致死傷事件について
次に誤嚥事故の際に問題になりうる業務上過失致死傷罪について解説していきます。
業務上過失致死傷罪については刑法211条に定めがあります。
刑法211条(業務上過失致死傷等)
業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。 重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする。
誤嚥事故で業務上過失致死傷罪が成立するかどうかについて、問題となる点については大きく分けて2点があります。
1点目は、誤嚥事故が発生したことについて「業務上必要な注意を怠った」といえるか、すなわち過失があるかという点です。
2点目は、被害者の方が負傷した又は亡くなったことと、1点目の過失との間に因果関係があったのかどうかという点です。
因果関係についてもう少し分かりやすく説明しますと、誤嚥事故が起きたことが原因になって被害者の方に負傷結果や死亡結果が発生したかということです。
例えば被害者の方が死亡したことが、誤嚥以外の理由例えば心臓発作によるものであれば、誤嚥と死亡結果との因果関係は否定されます。
施設側として特に問題になるのは1点目の過失が認められるかどうかです。
施設で実際に利用者を介護する職員に注意義務が認められるのは当然ですが、施設の管理者に求められる注意義務もあります。
例えば施設の管理者としては、誤嚥防止のためにマニュアルを作成し職員に指導を行う、誤嚥がないかしっかりと確認するために十分な職員の配置を行うなどが一般的に義務付けられているといえます。
これを怠った結果、誤嚥事故が発生した場合には施設を管理。運営する立場の法人の責任者に業務上過失致死傷罪が成立する可能性があります。
誤嚥事故が起きてしまった場合に求められる施設側の対応
①事実調査
誤嚥事故が発生してしまった場合には、まず社内で原因の究明を行うために丁寧な調査を行う必要があります。
当事者がどのような対応をしていたのか、マニュアルはどうなっていたのか、事故を目撃していたのは誰かなど事故の原因を究明するための調査を行う必要があります。
調査は事故後なるべく早い段階で行う必要があります。
そして可能であれば、調査は職員のみで行うのではなく、弁護士などの第三者も入れて置こうなう方がその後の調査結果の説明や刑事事件の捜査への対応も考慮すれば望ましいといえます。
これは調査の透明性や公正さを確保するためです。
②被害者側への対応
誤嚥事故による被害が発生した場合には、その当事者や関係者の方にしかるべき対応をとることが必要になります。
施設側に明らかに過失がある場合には早期に賠償などの交渉を行って事態の深刻化を避けるべきであるといえます。
賠償を行うべき事案かどうか、賠償額はいくらが妥当かについては法律的に高度な問題を孕みます。
これについても施設の関係者のみで行うのではなく弁護士などの法律の専門家に相談して間に立ってもらうことが望ましいといえます。
特に被害者の方が亡くなっている場合については、ご遺族の被害感情が峻烈であることが予想されますので当事者同士で対応すれば感情的になり問題が深刻化することが予想されます。
示談交渉に精通した弁護士に依頼することをおすすめします。
③再発防止策の策定
誤嚥事故が発生してしまった場合、特に亡くなった方が出るなど結果が重大である場合には、事故が報道される場合もあります。
報道される場合には施設名が実名で報道されることもしばしばあります。
そうなってしまった場合には、信頼回復のために再発防止策を策定する必要があります。
実効的な再発防止策については、先述した事実調査の結果を基に、介護に関する専門的見地に加え、過失判断などの法律的見地に基づいて策定することが望ましいです。
今回は残念ながら誤嚥事故が発生してしまったケースに即して、誤嚥事故で問題になる点や誤嚥事故後の対応について解説してきました。
当然ですが、事故が起こらないようにするため、万が一の事故の場合にも施設側が負うリスクを低減するためには事前の対策が重要です。
事前の対策の準備としては、過去の裁判例も踏まえて、施設として普段から十分な注意義務を果たしておく態勢を維持しておくことが重要です。
そこで別の記事では、誤嚥事故に関する裁判例については改めて解説させていただきます。