インボイス制度導入後の価格交渉と下請法リスク:公取委の監視強化に備える


インボイス制度開始後,価格交渉の現場では公正な転嫁が課題となり,公正取引委員会(公取委)が監視を強化しています。

令和5年度の独占禁止法違反事件の処理状況 公正取引委員会

中小企業にとって新制度下での不当な取引慣行は法的リスクを伴うため,十分な注意と対応策が必要です。

本稿ではインボイス制度の導入と下請法の関係について解説をします。

1. インボイス制度と価格転嫁問題の関係

令和5年10月に開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)は,消費税の仕入税額控除に適格請求書の保存が必要となる新ルールです。
これにより,従来免税事業者だった小規模事業者が課税事業者となるか否かで取引条件(特に価格)に影響が生じ,取引先との価格交渉が発生するケースが増えました。例えば,仕入先がインボイス未登録のまま取引を続ける場合,買い手企業は仕入税額控除が制限されるため,その分のコスト負担の振り分けが問題になりえます。
インボイス制度を理由に一方的に価格据え置きや値引きを強要すれば,優越的地位の濫用として独占禁止法下請法上問題となる可能性があります。
適正な価格転嫁が行われない取引慣行は,中小事業者に不当な不利益を与える行為として法的リスクをはらむことに留意すべきです。

2. モデル事例(インボイスを理由にした価格据置・値下げが下請法違反となるケース)

インボイス制度への対応を巡り,中小企業庁は親事業者(発注側)が下請事業者に対して不当な価格条件を押し付けた具体的な事例を例示しています。
 例えば,継続取引中の免税事業者であった下請が課税事業者(インボイス発行事業者)に転換したにもかかわらず,発注側が次回以降の単価引上げ交渉に一切応じず従来価格に据え置くというケースについて,中小企業庁は,下請法第4条第1項第5号が禁じる「買いたたき」に該当し得ると指摘しています。
 また,取引完了後の請求段階で下請事業者がインボイス未登録(免税事業者)と判明した途端,あらかじめ合意していた消費税相当額の支払いを一方的に差し引いたケースでは,下請法第4条第1項第3号が禁じる「下請代金の減額」に当たる違法行為になると指摘しています。
 公取委は令和5年5月,注意事例を公表し,このようなインボイスを理由とした不当な価格据置・値下げを行っていた発注事業者に対し注意を行ったと公表しており,実際にイラスト制作や農産品販売,人材派遣,電子出版など複数の業種で問題行為が発覚している。

3. 下請法における「優越的地位の濫用」とは

「優越的地位の濫用」とは,取引上の立場が相手より優位な事業者が,その地位を利用して相手方に通常の商慣習に照らし不当に不利益を与える行為を指します。
 独占禁止法でこのような「優越的地位の乱用」は不公正な取引方法の一類型として禁止されており,大企業が取引先の中小企業に対し一方的な要求を押し付ける行為が該当します。
 下請取引の場面ではこうした行為が起こりやすいため,独占禁止法を補完する形で「下請代金支払遅延等防止法」(下請法)が定められ,親事業者による”下請いじめ”を防止すべく細かく規制しています。
 具体的には,下請法により親事業者による受領拒否,代金支払遅延・拒否,代金の減額,返品の強要,購入強制,不当な役務提供強要などが禁止されており,違反すれば公取委からの是正勧告や公表等の措置を受ける可能性があります。
 インボイス制度を理由とした前記のような価格据置・値下げの強要は,優越的地位の濫用として独占禁止法違反となり得るだけでなく,取引関係によっては下請法違反(下請代金の減額や買いたたき等)として直接規制される点に注意が必要でしょう。

4. 公正取引委員会の方針と最近の監視事例

公取委は中小事業者への不当な価格押し付けを防止するため,インボイス制度導入に関連する取引実態の監視を強化している。
 令和4年に関係省庁と公表したインボイスQ&Aでは,免税事業者に対し「課税事業者にならなければ取引価格を下げる」「応じなければ取引打ち切り」と一方的に通告する行為が独占禁止法・下請法上問題になり得ると明示しています。
 その後も公取委は相談窓口への情報をもとに調査を進め,令和5年5月にはインボイス制度開始を目前にして優越的地位の濫用につながるおそれのある事案として約10社に「注意」を発出したことを明らかにしています。注意を受けたのはイラストレーターや漫画家,農家,ハンドメイド作家,通訳者など免税事業者(いずれも小規模の事業主であると思われます)と取引のある発注事業者で,前述のように「免税のままなら消費税分を差し引く」と通告する不当な行為が確認されています。
 さらに,公取委は違反行為の未然防止に向けた情報収集にも積極的であり,令和5年には発注側・受注側計11万事業者に書面調査を行いインボイス制度関連の質問項目を設けるなど,問題となり得る行為の把握に努めています。
 こうした監視の結果,公取委はインボイス制度開始後の優越的地位濫用につながる恐れのある事案に対して迅速に対処していますから,企業側としては「見られている」という意識を持って取引に臨む必要があるでしょう。

5. インボイス制度下で企業に求められる価格交渉の実務対応

新たなインボイス制度の下では,発注側企業は下請事業者との価格交渉において一層公正な対応が求められます。仕入先が免税事業者の場合,まずはインボイス発行事業者への転換を要請すること自体は問題ありませんが,その際に「登録しなければ消費税分は支払わない」「取引をやめる」といった一方的な通告を行うことは厳に慎むべきです。
 実際に下請事業者が課税事業者となった場合には,消費税の納税義務が新たに生じる点を踏まえ,従来価格にその分を反映させるべく誠実に交渉する必要があります。
 課税転換に応じさせておきながら,明示的な協議もなく以前と同じ単価で発注し続けるような行為は,買手側の都合で下請に過度な負担を強いるものであり優越的地位の濫用に該当し得ます。
 反対に,消費税の取り扱いによるコスト増加分について発注者・受注者双方で十分話し合い,免税事業者側の負担も考慮した上で合意の上で価格設定を行えば,結果的に価格を調整したとしても独占禁止法上問題とはなりません。
 ポイントは形式的でない実質的な協議を行うことであり,インボイス制度に伴う消費税分の転嫁については「双方納得の上」で価格を決定する姿勢が肝要です。

6. 法務部門・経営者がとるべき社内体制整備と通報対応

企業の法務担当者や経営層は,インボイス制度施行に伴う下請法リスクに対処するため社内体制の整備を急ぐべきです。まず,調達・営業担当者に対する研修を実施し,インボイス制度下での独禁法・下請法の留意点を周知徹底することが重要です。
 自社が「優越的地位」にある取引では,消費税転嫁のルールと禁止行為(減額や買いたたき等)を社内ガイドラインに明文化し,現場が迷わず適切な交渉を行えるようにしておく必要があります。
 あわせて,契約書や発注書のひな型を見直し,消費税額の取扱いを明確に規定するとともに,一方的な不利変更が行われないチェック体制を構築することも望ましいです。
 さらに,社内外からの通報や相談に迅速に対応できる窓口を整備します。社内の通報制度(内部通報制度)を充実させ,従業員が取引上の不適切な要求に気づいた際に報告しやすい環境を作ることがリスクの早期発見につながります。
 実際,公取委にはインボイス制度に関連した相談が既に増加傾向にあり,国税庁は令和5年7月末時点で約2000件もの相談が寄せられていると報じています。
 取引先の下請事業者から直接,公取委や中小企業庁に情報提供がなされる可能性も高まっているため,自社内の問題は外部通報される前に自主的に発見し是正する姿勢が求められています。
 万が一違反が疑われる事案が発生した場合には,速やかに事実関係を調査して被害を回復し,必要に応じて公取委への報告や是正措置を講じることに努めましょう。事後の対応によっては行政からの勧告・措置を回避または軽減できる可能性があります。

7.お困りの方はご相談ください

インボイス制度施行後の価格交渉トラブルや下請法違反リスクへの対応についてお困りの際は,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所にご相談ください
当事務所は中小企業の法律リスク対策に精通した弁護士チームを有しており,インボイス制度に絡む独占禁止法・下請法の問題についても適切なアドバイスと実務対応を提供いたします。具体的には,取引契約の事前チェックによるリスク予防策の立案,社内コンプライアンス体制整備の支援,そして万一トラブルが発生した場合の公取委対応や被害最小化の交渉など,幅広いサポートが可能です。
 特に下請法分野では,行政手続や是正措置への対応経験も豊富に有しており,クライアント企業の立場で迅速かつ適切な解決を図ります。
 インボイス制度対応に伴う価格交渉上の不安や疑問がございましたら,ぜひ当事務所までお気軽にお問い合わせいただき,法務のプロの力をお役立てください。

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