中小企業の経営者が知っておくべき商標法について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所が解説します。
このページの目次
商標法の基本(定義と商標登録の意義)
商標とは何か: 商標は、事業者が自社の取り扱う商品・サービスを他社と区別するために使用するネーミングやマーク(識別標識)のことです。
たとえば商品名、ロゴマーク、サービス名、スローガンなどが商標に該当します。商標を見れば「誰の提供する商品・サービスか」が分かり、長年の営業努力によって培われた信用やブランドイメージ**がその商標に蓄積されます。そのため商標は「無言のセールスマン」とも呼ばれ、商品・サービスの顔として重要な役割を果たします。
商標法の目的: 日本の商標法では、「商標を保護することにより、商標の使用者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」ことが目的と定められています。つまり商標の保護を通じて企業の信用を守り、市場の健全な発展と消費者保護につなげる法律です。
商標権と登録の意義: 商標を財産として守るには、特許庁に出願して商標登録を受ける必要があります。商標登録によって発生する商標権は、指定した商品・サービス分野において登録商標を独占的に使用できる権利です。他社は権利者の許可なく同一または紛らわしい商標を使用することが禁止されるため、自社ブランドを模倣や混同から守る強力な手段となります。登録した商標は、自社商品・サービスの出所表示や品質保証のシンボルとなり、安心感を与えることで需要者(顧客)の利益にも資します。
商標登録の企業メリット
商標登録には、中小企業にとって次のようなメリットがあります。
- 独占的なブランド使用権: 登録商標は指定商品・役務の範囲で自社だけが独占的に使用できます。これにより他社との差別化が明確になり、ブランドを長期的に育てる土台となります。第三者による類似名称・ロゴの使用や横取り登録も防げるため、安心してブランド戦略を展開できます。
- ブランド価値の向上と信用力アップ: 商標は企業の信用や評判と結びついており、登録商標を有すること自体が対外的な信用力向上につながります。知名度の高い商標を持っていれば、銀行からの融資が受けやすくなったり、大口取引の獲得につながったりするケースもあり、企業価値や競争力を高める効果があります。また、自社のブランドを公式に保護していることは取引先や消費者への信頼感にも寄与します。
- ライセンスによる収益機会: 商標権者は自社商標を第三者に使用許諾(ライセンス)することも可能で、その対価としてライセンス料収入を得ることができます。例えばヒット商品名やキャラクター名を商標登録しておけば、関連グッズ展開などで他社に使用させる際に収益を得ることもできます。このように商標は新たなビジネス機会の創出にもつながり得ます。
以上のように、商標を登録し権利化しておくことはブランド保護と活用の両面で大きなメリットがあるため、中小企業にとっても非常に重要です。
中小企業にとって特に重要な商標リスク
一方で、商標について十分な対策を取らないと中小企業は思わぬリスクにさらされます。「知らなかった」「うっかり」では済まない重大な商標トラブルになりかねません。特に注意すべきリスクは以下のとおりです。
- 無登録のまま使用するリスク(先願主義による商標の横取り): 自社の商品名やサービス名を商標登録せずに使い続けていると、他社に先にその名称で商標登録をされてしまい、自社がその名前を使えなくなるおそれがあります。日本の商標制度は「先願主義」(登録した早い者勝ち)を採用しており、最初に出願した者に権利が与えられます。たとえ自社が先にその名前を使っていても、有名ブランドとして広く認知されている等の例外的事情がない限り、後から出願した他社に商標権を取得される可能性があります。
もし自社の看板商品・サービスの名称が突然使えなくなれば、商品回収やブランドの変更を余儀なくされ、大きな手間とコストが発生します。長年愛用してくれた顧客や新規の顧客に対して「盗用」を疑われかねない等混乱を生じさせ、評判や信用の失墜にもつながりかねません。こうした事態を防ぐため、重要な名称やロゴはできるだけ早期に商標出願することが肝心です。 - 他社商標の侵害リスク(知らずに他人の権利を侵す危険): 新商品・新サービスの名前やデザインを決める際に、十分な調査をせずに決めてしまうと、既に他社が商標登録していた名称やロゴと偶然衝突してしまうことがあります。そのまま使用を続けると、権利者である他社から「商標権侵害だ」と警告され、使用差止めや損害賠償を請求される可能性があります。実際、商標法違反が認められると、商品の販売停止や看板の撤去など厳しい措置を求められ、高額の賠償金支払いを命じられることもあります。中小企業にとって、せっかく軌道に乗せたブランド名を捨てたり、多額の賠償金を支払う事態は事業継続を揺るがす深刻な打撃となります。
「うちは小さいから大丈夫」「知らなかった」では済まされず、故意でなくとも侵害は侵害です。第三者の商標を無断で使っていないか、類似の名前が既に登録されていないかを事前にしっかり確認することが重要です。 - 類似商標による混同リスク: 自社では全く別のつもりでも、他社の有名ブランドによく似た名称やロゴを使ってしまうと、消費者に「関連会社かな?」「真似しているのでは?」と混同を招く恐れがあります。商標法では登録商標と紛らわしい類似商標の使用も侵害となり得るため,意図せず他社ブランドの信用にタダ乗りする形になるとトラブルになります。反対に、自社が商標登録していないと他社に似た名前を付けられてブランドイメージを損なわれるリスクもあります。いずれにせよ、「少し似ているくらいなら平気」という油断は禁物です。
以上のように、中小企業であったとしても、商標への理解不足は事業全体に対するリスクが高く、商標権の重要性を認識し早めに対策を打つことが必要不可欠です。
商標法違反時のペナルティ(損害賠償・差止め等)
万が一商標権の侵害など商標法違反をしてしまった場合、中小企業は次のような深刻なペナルティに直面します。
- 差止請求・業務停止: 商標権者は侵害者に対し差止請求(使用停止)を求めることができます(商標法36条)。裁判所から差止め命令が出れば、対象となった商標の使用は禁止されます。具体的には商品の販売停止、製造中止、在庫回収・廃棄などを強いられ、事業の継続が困難になる恐れがあります。看板や包装資材の変更など多大なコストも発生します。
- 損害賠償: 商標権者は侵害によって被った損害の賠償を請求できます(民法709条)。その額はケースによりますが、数百万円~数千万円規模の高額賠償を命じられる可能性もあります。中小企業にとって何百万もの予期せぬ支出は資金繰りを逼迫させ、最悪の場合倒産の危機につながります。賠償金だけでなく、訴訟対応の費用や時間的ロスも大きな負担です。
- 信用失墜: 商標トラブルが表沙汰になると、「他社のブランドに便乗しようとしたのではないか」「知的財産を軽視している企業だ」といった負のイメージが広まりかねません。顧客や取引先からの信用を損ない、信頼回復のために長い時間とコストがかかるでしょう。企業ブランドに傷が付くこと自体が大きな損害です。
- 刑事罰(悪質な場合): 商標権侵害は基本的に民事上の問題ですが、意図的かつ悪質な侵害行為(例えば偽ブランド品の大量販売など)の場合、刑事罰が科されることもあります。商標法違反の刑事罰は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金(法人は3億円以下の罰金)と定められており、実際に摘発・起訴された事例もあります。中小企業でも悪質と判断されれば、経営者や担当者が刑事責任を問われ社会的信用を失墜するリスクがあります。
このように商標法に違反すると法的・経営的ダメージは計り知れません。「うちは大丈夫」と高をくくらず、違反を起こさないよう日頃から注意を払いましょう。また、万一トラブルになった場合は早急に専門家に相談し適切に対処することが肝要です。
商標権を守るために中小企業が取るべき具体策
中小企業が自社の商標権をしっかり守り、商標トラブルを防ぐために取るべき具体的な対策をまとめます。
- 事前の商標調査を徹底する: 新商品名・サービス名やロゴを考案したら、正式に使用開始する前に必ず商標調査を行いましょう。特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)等で類似の登録商標がないか検索したり、専門家に先行商標の調査を依頼します。既に同じような名称が登録出願されていれば、名称変更や使用見送りを検討すべきです。事前調査を怠ると後から撤退を余儀なくされるリスクが高まります。
- 早期の商標出願・登録: 使用予定のブランドが見つかったら、できるだけ早く商標出願手続を行いましょう。特に新製品・新サービスをリリースするタイミングでは先願主義の原則を念頭に、初動での権利確保が重要です。出願の際は、自社の商品・サービスに適した区分を選定し、必要に応じて複数区分で出願することも検討します(専門家の助言が有用です)。商標登録により公式な権利を得ておくことで、後々の紛争予防につながります。
- 継続的な権利維持と更新手続: 商標権は取得して終わりではなく、権利維持の管理も大切です。日本では商標登録後10年ごとに更新手続きを行えば権利を半永久的に存続できます。更新期限を忘れて失効しないよう、社内で期限管理を徹底しましょう。また、継続して商標を使用していないと不使用取消制度により権利を失う可能性もあるため、登録した商標はきちんと使用を続けることもポイントです。自社の事業内容が変わった場合は、新たな商標登録や不要になった権利の整理も検討します。
- 社内教育とルール整備: 商標権を守るには従業員一人ひとりの意識向上も欠かせません。定期的に知的財産に関する社内研修を行い、「他社の商標を勝手に使ってはいけない」「商品名を決めるときは必ず確認する」といった基本ルールを周知徹底しましょう。特にマーケティング部門や商品企画部門には商標法の基礎知識を教え、企画段階で法務チェックを通すフローを確立することが望ましいです。過去の商標トラブル事例を教材にコンプライアンス教育をするのも効果的です。
- 商標管理と監視: 自社が取得した商標権については、権利内容(指定商品・役務の範囲など)を把握し、ロゴ変更や新ブランド立ち上げ時に漏れなく権利化するよう管理します。また、自社ブランドと紛らわしい商標が他社に出願・登録されていないか、官報公報や商標情報を定期的にチェックすると安心です。他社による権利侵害の兆候があれば早期に対応でき、場合によっては異議申立てや無効審判で自社権利を防衛することも可能です。
以上のような対策を講じることで、「攻め」と「守り」の両面から商標に万全を期すことができます。商標は中小企業にとって貴重な経営資源ですから、手間を惜しまずしっかり管理しましょう。
お問い合わせはこちらからどうぞ。

元裁判官、元検察官、元会計検査院の官房審議官など企業案件の知識・経験の豊富な弁護士が、企業犯罪・不祥事対応等のコンプライアンス事案に対応します。
全国展開している事務所だからこそできるネットワークを生かした迅速な対応が可能です。
企業犯罪・不祥事に関するお問い合わせ、ご相談のご予約は24時間365日受け付けております。
企業犯罪・不祥事が起きてしまった場合の対応にお困りの方、予防法務も含めたコンプライアンス体制の構築・見直しをお考えの経営者の方は、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所に一度ご相談ください。