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1 はじめに
近年、SNSは目覚ましい勢いで発展を遂げており、X(旧ツイッター)やインスタグラム、TikTokなど多くの媒体が乱立しています。
それに伴い、SNSに関するトラブルも急増しています。
SNSトラブルは個人間だけではなく、企業でも生じます。
近年では、飲食店において不適切な行動を採った客がその動画をアップした事件なども記憶に新しいでしょう。
また、個人がSNSで特定の企業を中傷するような投稿をする場合もありますし、企業のSNSアカウントでの投稿内容が不適切であったというような場合もよく目にすることでしょう。
企業は加害者にも被害者にもなる可能性があるのです。
ここでは、企業のSNSトラブルについて概観していきます。
2 名誉毀損、侮辱
SNSでの投稿内容が不適切なものであれば、刑法の名誉毀損罪や侮辱罪に該当する可能性があります。
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2 略
第230条の2 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
第231条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
第232条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2 告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行う。
名誉毀損罪が成立するためには「公然と事実を摘示」することが必要です。
「公然」とは不特定又は多数人が認識できる状態のことです。
SNSでの投稿は、不特定多数の人に向けての発信なのでまさに「公然」に該当するでしょう。
「事実の摘示」については、人の社会的評価を害するに足りる程度でなければなりません。
事実の中身が虚偽である必要はなく、真実の場合であっても成立します。
また、名誉毀損罪は「抽象的危険犯」と呼ばれ、実際に名誉が毀損されたかどうかは問題となりません。
名誉毀損に該当する可能性のある具体例としては「A社の製品は原産地が偽装されている」、「B社の役員は前科者である」、「C社は反社会的勢力と取引をしている」というような投稿です。
名誉毀損罪は、公共の利害に関する特例(230条の2)があることも大きな特徴です。
これは、名誉毀損の内容が事実であり、専ら公益を図る目的で行った場合には、真実であることの証明があれば刑罰を科さないとするものです。
「企業の社会的責任」などがよく言われる昨今においては、企業に対し、公益を図る目的で名誉毀損があった場合には、刑罰が科されなくなる可能性もあるのです。
例えば、「D社は粉飾決算をし、1億円の脱税をしている」というような投稿があり、実際にD社が粉飾決算をして脱税をしていたような場合には、名誉毀損罪で投稿者が罰せられない可能性があります。
一方の侮辱罪は、事実の摘示がない場合に成立します。
「侮辱」とは他人に対する軽蔑の表示のことです。
侮辱罪の場合には、名誉毀損における公共の利害に関する特例のような規定はありません。
名誉毀損罪の法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金、侮辱罪の法定刑は1年以下の懲役若しくは禁錮又は30万円以下の罰金です。
法人処罰規定はないので、企業アカウントなどで名誉毀損や侮辱があったとしても、罰せられるのは投稿をした本人のみです。
2 業務妨害
SNSでの投稿は、名誉毀損罪などだけではなく、業務妨害罪にも該当する可能性があります。
第233条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
「虚偽の風説の流布」とは、事実と異なる内容の事項を不特定又は多数の人に伝播させることです。
名誉毀損と異なり、客観的な事実と異なる内容でなければなりません。
「偽計」とは、人を欺き、あるいは人の錯誤や不知を利用して人を誘惑したり、計略や策略を講じることなどです。
SNSトラブルにおいては、「虚偽の風説の流布」のほうが問題となることが多いでしょう。
「業務を妨害」とは、職業や社会的地位に基づいて反復継続して行う事務や事業に対する妨害のことです。
名誉毀損と同様に、実際に業務が「妨害」されている必要はありません。
また、経済的信用性が害された場合には信用毀損罪が成立する可能性もあります。
例えば、「E社の本社に爆弾をしかけた」と投稿したような場合には、実際に爆弾をしかけていなくても避難誘導などの余計な業務をしなければならず、業務妨害罪が成立する可能性があります。
「F社は何度も手形の不渡りを出している」というような投稿をした場合には、信用毀損罪が成立する可能性があります。
業務妨害罪(信用毀損罪)の法定刑は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。
こちらも法人処罰規定はありません。
3 虚偽の口コミ、SNSへの書き込みと事業者の対応
事業者に対する虚偽の口コミやSNSへの書き込みがあった場合には、毅然とした対応をすることが重要です。
今まで述べてきたように、これらの投稿は犯罪に該当する可能性も高いため、民事における損害賠償の請求や警察に対する被害届の提出などを具体的に検討すべきでしょう。
そのためには弁護士の協力が必須となります。
また、そのような投稿があった場合に、その場で反論することは必ずしも適切ではありません。
場合によっては、反論したことでさらに火に油を注ぐ結果にもなりかねません。
どのような対応をするかも含めて、まずは対応策を弁護士に相談するのがよいでしょう。
加えて、ネットの特徴として、1度書き込んでしまえば一生残り続ける可能性もあります。
損害賠償や刑事責任を問うだけでは被害は回復しないのです。
ですので、発信者情報の開示などを行い、投稿を削除してもらうような手続きも必要となってきます。
また、企業アカウントで不適切な投稿をしてしまった場合など、事業主側が加害者になってしまう場合もあります。
このような事態を回避するためにも、全社員にネットリテラシーを身に付けてもらうための研修を設けたり、企業アカウントの管理や投稿についてのチェック体制なども事前に整えておく必要があるでしょう。
SNSがこれだけ発達した現代社会では、1つの投稿が企業を倒産にまで招きかねません。
そしてもし、従業員等による不適切投稿が問題となった場合には、事業主としても適切な対応をすることが求められます。
これらの対応をすべて自分たちだけで講じるのは決して簡単ではありません。
専門的な知識を有した弁護士の助言が必須となるでしょう。