取引先等からの詐欺等被害には、実に様々なものがありますが、これに、自社の役員や従業員が関与していることがしばしば見受けられます。
ここでは、建設会社の従業員である営業部長が取引先である下請会社からキックバックを受けていた事案についてみてみましょう。
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概要
建設会社Xの営業部長Aが、下請会社Yの担当者Bから2年ほど前より慢性的にキックバックを受けているとの情報がXの代表取締役社長Pに入ってきました。
Aは、XからYに下請工事を発注するときに、発注書に発注額の10パーセントを上乗せしてYに発注書を発行し、工事が終わりXからYへの振込入金がなされると、それが確認できた段階で、YからAにキックバックとして上乗せ相当額が現金で手渡しされていました。
Aは、Yに対し100万円~200万円程度の下請工事を、毎月数本発注しており、それが2年ほど続いているので、少なく見積もって月に20万円前後として、総額で500万円前後の損害を受けていることになります。
この場合、Aにはどのような法的責任が発生し、Pとしてはどうすべきでしょうか。
ポイント①
Aには、刑事責任としては、背任罪(刑法247条)の共同正犯に問われる可能性がありますし、民事責任としては、不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)が発生しうることとなります。
この背任罪にいう背任とは、他人のためにその事務を処理する者がその任務に反して、その他人に害を加えることです。
本件ではまさにAの行為は営業部長としての会社に対する任務違反であるといえます。また、本来の発注額に上乗せして発注しており、その分X社に損害を与えているといえます。
したがって、Aには背任が成立するといえます。
なお、YはXの取引先であり、AのようにXのために事務を処理する者という立場にはありませんが、AのXに対する背任行為に協力している者として共同正犯となりうるわけです。
また、Xは、AとYのかかる違法行為により、上乗せされた金額相当分の損害を受けているわけですから、Xとしては、民事責任としてもXはAとYに対し共同不法行為に基づく損害賠償責任(民法719条)を問うことができます。
なお、Aの行為は懲戒免職事由にもなりえます。
ポイント②
Xの代表取締役社長であるPとしては、まずは損害の回復が最も重要な喫緊の課題になると思いますので、そのための事実の調査、当事者らへの聴き取りなどを通して前提事実を確定するとともに、損害額を積算する必要があります。
そこから当事者らとの交渉となるわけですが、こうした事例では損害額が高額に及ぶ一方で、背任の本犯であるAの資力が乏しい場合も少なくありません。そこで下請会社も一気に含めて、交渉と並行して訴訟準備とその前段の各財産の保全をすることが必要となってきます。
また交渉・保全といった民事手続と並行して、刑事告訴の準備も必要となります。当然のことながら、交渉結果いかんによっては、刑事告訴も辞さない構えを示す必要もあります。
この種のいわゆる経済事件は、刑事告訴をしてこれが受理されても警察の動きは鈍いのが一般的です。
ですから、交渉が難航すると民事訴訟が先行することが多いのですが、仮に、民事訴訟が先行していて、その後、実質的に刑事事件が動き始めた場合には、民事の裁判官にその旨を伝えて、民事訴訟をしばらく止めてもらうことになります(もっとも、被疑者らが逮捕されれば民事訴訟は止めざるをえなくなります。)。
結局、民事も刑事も一つの生の事件としては同じですし、刑事事件として動くようであれば捜索差押え等の強制捜査により十分な証拠も集められより事案が解明されていくでしょうから捜査に任せるというのが賢明でしょう。
いずれにしても、民事的には、損害回復のための財産の保全等のためにも、また刑事事件としては証拠の散逸・隠匿又は被疑者の逃亡の防止のためにも、弁護士に早めに相談し、事案に応じた具体的な対策や法的措置を講じていくことがとても重要となってきます。